“Global Leader Story“ vol.8 小野真吾

三井化学株式会社グローバル人材部 部長

 日本で生まれ育ちながらも、グローバルな仕事環境で大活躍するリーダーの軌跡とマインドを発信するグローバルリーダー・ストーリー。

 8回目のグローバルリーダーは、留学や駐在の経験がないにもかかわらず、グローバルを舞台に活躍されている 三井化学株式会社 グローバル人材部 部長の小野真吾氏。2000年、慶應義塾大学法学部を卒業して、三井化学株式会社に入社。海外営業・マーケティング及びプロダクトマネジャー(戦略策定、事業管理、投融資等)を経験後、人事部に異動。組合対応、制度改定、採用責任者、国内外M&A人事責任者、HRビジネスパートナーを経験後、人材戦略、グローバルタレントマネジメント、後継者計画の仕組み作りに従事。その他グローバル人事システム(Workday)展開、リーダーシッププログラム、各種グローバルポリシーの推進、HRトランスフォーメーション等に従事。2021年4月よりグローバル人材部長に就任し、グローバルレベルでHR機能の強化及び人的資本経営強化、企業文化変革にも着手中

 三井化学という日本の財閥系企業の中で、人事から会社を変えようと自ら行動をしてきた小野氏。今回は人事に込めた思い、そして日本にいながらグローバルな感覚を維持するための思考法を語ってもらった。


外国人に対するハードルが消えた
2年間のボランティア経験

 グローバルなビジネスに携わるきっかけといえば、海外への強い憧れが一般的だろう。学生時代の海外旅行やホームステイ体験から、いずれは世界を舞台に働きたいという思いを募らせる人が多いと思う。しかし、自分のアプローチは少し異なる。外国と日本を隔てる壁がなくなった学生時代の体験が、自分を自然とグローバルな仕事に導いた。

 中学から慶應の付属校に通い、そのまま大学に進学したものの就職先までレールが敷かれ皆一緒に同じ道を辿ることに強い疑問をもつようになった。振り返ってみれば、自分のためだけに人生を生きてきたが、これからも同じような人生でよいのだろうか? 今、ここで誰かの役に立つような体験をしたい——こんなふうに、どこかで人生をリセットしたいと漠然と考えるようになった。

 大学2年生になりボランティア活動に専念するために休学。国際的に活動する慈善団体に属し、外国人の仲間と一緒に国内のケアセンター、障害者センターや孤児院などを回って精神的にも物理的にも活動中心の生活を送った。ボランティア活動を通じて得たことは3つある。

 1つめは人の人生はさまざまということ。年齢、性別、職業を問わず多くの人の相談相手となり話を聞いた。これまで慶應という枠の中で生きてきて、それはそれで楽しかったのだけど狭い世界で生きてきたことを改めて感じ、多様性のリアルに触れた。

 2つめは人が成長し、変わる瞬間を目の当たりにし、人間がもつポジティブに変容する時のエネルギーを感じたこと。その様を目の当たりにして、自分も変わる事ができるのだと心から信じることができるようになった。

 3つめは外国人に対してのハードルが完全に消えたこと。それまで外国人というだけで、特別な感じがして、怯む自分がいた。しかし2年間の活動を通じ、外国人と寝食を共にすることで彼らに対する心のバリアがゼロになった。以来、日本人と外国人を区別する感覚は自分にはない。

 納得いくまでボランティアに没頭し2年後に復学。それまでとは違った価値観を持って残りの学生生活を送り、就職活動へ。グローバルに活躍できるフィールドがあり、かつ少数精鋭で色々な経験が若い頃からできるところ、という志望動機のもとメーカーを中心に就職活動をし三井化学に入社することとなった。

 

日本のメーカーが直面している危機を感じ、
人事部に夢と希望を託す

 大阪の工場で6か月の新人研修を終え、希望通り「スピード感のあるエグい部署」である電子情報材料事業部に配属された。毎日昼夜も無く国内外を駆け巡る等、充実した日々を送っていたが、そこに8年も在籍すると会社人生で自分がどのような道筋を辿るのかなんとなく見えてくる。アメリカ、韓国、台湾等の世界最大手の半導体メーカー、液晶メーカーといったグローバル企業と共に仕事をしながら、肌感覚で日本のメーカーとの違いを感じるようになった。リーダーシップのあり方、多様性の受け方、人材育成への投資の考え方、意思決定のメカニズムなど多くのことが日本より先んじている。このままだと優位性のある日本の製造業が海外勢力に水をあけられ、新興国のメーカーにまで追い越されるのも時間の問題であることは明らかだった。

 会社の資本は人である。早急に人の育成と組織のあり方を見直さなければならない、と強く感じた。ならば自分が人事部に行って、何か行動を起こさねばと、誰にも頼まれていないのに勝手に強い危機感を覚えたのだ。

 日本企業の縦社会の中、8年間もフロントオフィスにいた人間が直属の上司に掛け合って、人事に行ってイチから学びたいと直訴したところで希望は通らない。そこで、それまでほとんど話したこともない自部門の執行役員に直接メールを送り、恐れ多くも飲みに誘い、自分の思いをぶつけることにした。意思決定の川上にアクセスすればイエスもノーもはっきりする。大胆な行動に出たものだが、それくらい人事に行きたい気持ちが強かったし、このまま事業部を横スライドしていくキャリアに、自分の夢を託せなかった。

  

人事部へ異例づくめの異動
人を巻き込み、組織を変える流れを作る

 2段跳びの直訴は功を奏し、念願叶って人事部に異動した。自分のやりたいことは明確だった。当時、一般的だった「社員を管理するのが人事」という考え方を変え、「ビジネスの成長にコミットする人事」を目指したい。具体的には、人事そのものが事業や現場に出向いてサポートしながら良い影響を与え、やる気に漲ったエンゲージメントの高い社員が続出するような会社。そのためには人事にも事業現場視点が必要だ。

 ただし、それを日系の企業で遂行することの難しさも理解していた。日本の組織は変化をとにかく嫌う。ただでさえフロントオフィスから人事部にきた自分は「変わった人」と見られていたし、今、声高に自分の思いを主張したところで、宇宙人の戯言程度にしか捉えられない。

 村社会には村社会の掟があり、そこをすっ飛ばして正論を振り翳してもうまくいくわけがない。人事部での仕事の運び方には不思議なことがいっぱいあったが、まずは人事としての成果を上げることに注力した。当時の自分に与えられていた人事の成果とは、作った制度の運用、組合との交渉から、社員食堂や福利厚生のメニューを決定するなど多岐にわたった業務を「きっちりと」全うすることだ。人事でやりたいと願っていたことからは遠かったが、自分に振り当てられた業務にひたすら真面目に取り組んだ。

 日々の地味な仕事に翻弄され本筋が見えなくなった時には、立ち止まって考えた。「なんのために人事にいるのか? 自分は何を成し遂げたいのか」——自分はキャリアや自己満足のために人事にいるのではない。会社や社会をよくしたいという思いがあるから人事を選んだのだ。その原点に立ち戻り、モチベーションを維持した。

 人事部では外様だったものの、事業や工場、研究所の現場に人事として足を運び、彼らの声に耳を傾けて様々な社員の意見を集めては同僚との飲み会で自分の仮説をぶつけてみることを繰り返した。会社の愚痴、組織の愚痴、上司の愚痴を肴に飲んでいるだけの仲間だったが、彼ら自身も何とかしたいという思いがあるからこそ愚痴がでてくる。そこで愚痴を「腹の中で抱えている課題感」と言い換え、それらを吐露する場所を新橋の居酒屋から昼間のオフィスに少しづつに移すことにした。名前は「ハラグロ会」、ワークショップを通じて「課題感」を吐き出しながら新しい未来の絵姿を自分達で創り出していく場に。自分は最若手ではあったが、そこでの議論では先輩後輩関係なく互いの意見をぶつけ合うことを前提とし、自分達の思い描く理想的な人事の世界を作る議論に集中した。そこにたどり着くまで2年がかかったが、17回のワークショップを経て参加した中堅メンバーの信頼関係は深まり、想いと考えが完全に一致するところまで辿りつくことができた。

 年功序列と終身雇用を守る日系の財閥系企業の中で、若い社員がリーダーシップをとり、物事を執り進めるのは一般的に簡単ではないとされている。しかし恵まれていたことに三井化学の人事部には、変化を恐れない人が多く、若い自分を後押ししてくれる人が多かった。それはリーマンショックの時に経営難に陥った経験から、会社が変革しないといけないという認識が一人一人の社員に根付いており、会社が良い方向に変化を遂げるのであれば、社員の年次はさほど問われない、という会社の風潮もあったと思う。自分だけでなくチームとして人事部を変革できたのはラッキーだった。


駐在せずとも世界で働く人材は育つ
グローバル人材の定義と要件は?

 今はグローバル人材部の部長を務めている。この部が創設された背景にあったのは「事業が成長するために人事がある、そしてそのエンジンとなるのは国内外の全グループ従業員のヤル気である」という発想だった。人事部としては斬新な考え方である。

 2011年以来、自分は多岐にわたるM&Aプロジェクトに参加し始め、2012年には過去最大級のM&Aプロジェクトの人事責任者に任命される。この特大プロジェクトは世界22ヵ国でビジネスを展開している欧州ホールディングス企業の一事業を買収するもので、それまでのものに比べ難易度ははるかに高かった。スムーズにM&Aを推進するために何度もドイツに足を運び、彼らの事業やそこで働く人について理解するために交渉や対話を重ねる。世界中にグループ会社が増えるこの統合プロセスの中で、買収先の企業がグローバル共通の進歩的な人事モデルを確立している事に気がついた。我々は親会社ではあるが、彼らの一歩先ゆく人事モデルの良いところを取り入れると同時に、個々人の優れた能力や経験が三井化学グループに加われば、今後、事業の成長が加速するのではないか。そのような仮説のもとに既存の東京中心のグローバル人事組織を解体し、世界に開かれたバーチャルな人事組織を作る提案を行う。チームには買収先企業の優秀な人材も加わり、オープンな対話ができるようにワークショップを繰り返しながら「自分達は何を目指すのか、どういう組織であるべきか」を徹底的に議論。4-5年かけてプロジェクト化したタスクをひたすら推進した。グローバル人事戦略と優先課題及び方策について経営陣からGoサインを得られたのが2018年。そこから本格的に組織を作り、2019年、グローバル人材部が誕生した。日本を含む4地域統括会社(欧州、米州、アジア、中国)が、グローバルな事業成長とグループ従業員のエンゲージメント向上の為に連携し、三井化学グループ約19,000人の従業員向けに共通する人材戦略の策定、人材マネジメント施策の展開を担っている。

 多国籍な人たちと一緒に働く機会が増え、グローバル人材とは何かということを考える機会が増えた。自分の中でのグローバル人材の定義は、国籍や年齢、出身企業に関係なく、地球規模でどこでも活躍でき、どこでもパフォーマンスを発揮できる人材のことを指す。その人材要件として、駐在や留学経験は絶対要件ではない。

「グローバル人材=駐在員」
そんなステレオタイプな考え方を破壊したい

 日本ではグローバル人材というと、駐在をしてこそ一人前のような風潮があるが、海外勤務経験がなくても、文化の壁を超えて面白い仕事をし、能力を磨くことは十分に可能だ。グローバル人材に必要なのは、違いを違いとして認めつつ、互いの共通点を見つけて橋をかけられる能力。そこに専門スキル、コミュニュケーション能力、多様性を感受できる特質、前向きな姿勢が加われば海外で駐在員として働いたことがなくても、一流のグローバル人材になれる。日本を出て生活した経験がないとグローバルで活躍できないというメンタルバリアを取り除くことが今、必要だと感じている。

 海外で駐在員として働いたことはない自分が、日本にいながらグローバルな感覚を持って働くために意識していることは3つ。

 外国人との接点をもつこと。さまざま国を訪れては、各国の人たちと直接オープンなコミュニケーションをするようにしている。コロナウイルスの感染拡大によって渡航が制限される時代ではあるが、逆に海外で働く人とオンラインで簡単に繋がれるようになったのは良い傾向だ。例えば、海外のビジネスの状況や課題がコロナ禍でどう影響を受けているかということに興味があれば、海外グループ会社のCEOやエグゼクティブ、CHROに声をかけ、オンラインミーティングを設定し対話する。こういった積極性があれば、例え物理的に日本にいてもグローバルで働く基盤を強固なものにできると思う。

 次に海外のニュースに敏感になること。BBCやCNNといった海外のメディアから発信されるニュースを自発的に取りにいく。国内のニュースからは知ることのできない新しい視点を得ることができる。

 3つ目はリベラルアーツの世界を深めること。これは自分への課題でもあるのだが、世界における自分の立ち位置を知る時に、歴史、地政学、文化、社会、宗教などを理解していることが前提となる。世界は複雑な要素で構成されているので、それを一つずつひも解き、無知な自分を認識しながら、新しい事を学ぶ姿勢と興味を持ち続けたいと考え、時間がある時には関連書籍を読むようにしている。

 自分には海外駐在や留学経験はない。日本で育ち、日本で働いているがグローバルな環境の中で面白い仕事をすることも、能力を磨くことはいくらでもできる。海外経験がなければグローバル人材になれない、そんな既存の概念を破壊できたらと願っている。

【文】黒田順子

Aun Communication のコメント:

 テレワーク(リモートワーク)の普及により、日本にいても気軽に世界中の人々とやり取りできるようになった。もはやグローバル化は海外にいる人たちだけのものでないと言える。日本が”真”のグローバル化を遂げるためには、海外ビジネスに携わるビジネスパーソンは勿論のこと、そうでない方々も少しづつグローバル化していくことが重要だと思う。

 小野氏がグローバルな感覚を持って働くために意識している3つのこと「外国人との接点をもつ」「海外のニュースに敏感になる」「リベラルアーツの世界を深める」、これは全ての日本人ビジネスパーソンが意識するべきことかもしれない。

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