米国で反DEIが加速。日本企業はどうする?
2023年頃から米国内で多様性施策に批判的な世論が広がり、実際に一部の米国企業がDEIプログラム(多様性、公平性、包摂性)の縮小や廃止を発表しています。ウォルマート、メタ、マクドナルドなどのグローバル企業がその例です。さらに、先日トランプ大統領が連邦政府機関におけるDEIプログラムを打ち切る大統領令に署名しました。この動きを受け、今後、民間企業にもDEIプログラム廃止の圧力がより一層強まることが予想されます。DEIを推進する日本の経営者や人事責任者も、この流れに注目しているのではないでしょうか。本記事では、日本企業の多様性、とりわけジェンダーとカルチャーについて僕自身の考えをまとめてみます。
1. 米国と日本のDEIの位置づけの違い
まず、DEIという概念は国ごとに異なる背景や課題を持っています。
米国では、DEIは歴史的な人種差別や女性差別を背景に、「人権重視」や「差別の廃止」といった文脈で推進されてきました。社会的責任やブランド価値の向上、法的リスクを回避する狙いもあり、企業が積極的にDEIを掲げてきました。
一方、日本では、比較的最近になって「女性活躍推進」や「働き方改革」といった文脈で導入されました。そのため、現在も多くの企業が試行錯誤を続けている状況です。
このように、DEIが取り組まれる背景や文脈が異なるため、米国と日本では「DEI」という言葉の意味や解釈が異なります。この違いを認識した上で議論を進めることが重要だと思います。
2. 日米におけるDEIの現在地
日米ではDEIの背景や解釈に加えて、現在地も異なります。参考までに、DEI縮小を発表した以下の米国企業における、多様性の一つの指標である「シニアマネジメント層における女性比率」を調べてみました(2025年1月時点で各企業の公式サイトを参照)。
日本では現在、政府から「東証プライム市場上場企業の女性役員比率を2030年までに30%以上」とする目標が掲げられています。内閣府によると、プライム市場上場企業における女性役員比率は13.4%(2023年)なのですが、その数値と比較してみてください。
Walmart(ウォルマート)
Executive Council:9名中3名が女性 → 33%
Senior Leadership:44名中15名が女性 → 34%Meta(メタ)
Executives:25名中9名が女性 → 36%McDonald’s(マクドナルド)
Leadership Team:13名中6名が女性 → 46%Molson Coors(モルソン・クアーズ)
Leadership Team:8名中3名が女性 → 38%Brown-Forman(ブラウン・フォーマン)
Executive Leadership Team:11名中4名が女性 → 36%
ハーバード大学のロザベス・モス・カンター教授が提唱した「黄金の3割(クリティカル・マス)理論」では、組織やチームにおいて、少数派の割合が30%に達すると、初めてその影響力が発揮され、多様性のメリットを享受できるとされています。また、マルコム・グラッドウェルの著書「Revenge of the Tipping Point」では、企業の取締役9名のうち女性が2名から3名になった途端に、その女性たちが自分らしく振る舞えるようになると述べ、「The Magic Three」という概念を紹介しています。
上述の米国企業は、女性活躍においてこの「30%」および「3名」というラインを超えており、女性の視点が経営に活かされている可能性が高いと言えそうです。(なお、ブルームバーグ調べによると、米国企業の女性取締役比率は過去最高の33.5%になったそうです)
このように、女性活躍という側面一つをとっても日米の状況は大きく異なるため、日本が米国の反DEIの流れに右往左往する必要はないように感じます。
余談ですが、米国のDEI離れのニュースが取り沙汰されることが多い一方、コストコ、アップル、JPモルガン、ゴールドマンサックスなどの米国企業はDEI堅持の姿勢を示しています。
3. 日本企業の現状と課題
ここからは、僕の専門領域である「文化の多様性」について話を進めます。現在、多くの日本企業では以下の課題が見られます:
事業のグローバル化が進む一方で、経営層や日本本社の多様性が十分に対応できていない。
経営陣がほぼ日本人で固められ、外国籍の役員がほとんどいない。
買収先のトップが本社役員に登用されるケースはあるものの、本社の意思決定にほとんど影響を与えていない。
このような均質的な組織では、多様な視点を取り入れることが難しく、結果としてグローバル市場での競争力が低下するリスクがあります。日本企業がDEIを単なる「流行の取り組み」としてではなく、自社の持続的成長を支える戦略の一つとして捉えることが重要だと思います。
最近では終身雇用や年功序列といった日本特有の雇用慣行が揺らぎつつありますが、それでも依然として多くの伝統的な日本企業(の本社)では生え抜きの日本人社員がマジョリティで、本社の意思決定に大きな影響を及ぼしていると思います。この状況を考えると、米国の動向に注視しつつも、引き続き中途社員や外国籍社員の活躍推進に取り組むべきだと考えます。
ただし、生え抜き社員が持つ組織への知識やネットワーク、コミットメントやロイヤリティは、他国と比較した際の日本企業の「強み」でもあります。「生え抜き社員を排除する」という意味では全くなく、彼らと多様な人材が共存する組織作りが必要だと思います。
4. 多様性がもたらす可能性
そもそも、企業はなぜ多様性を推進するのでしょうか。それは、社会的責任を果たすためだけでなく、企業の競争力や成長を加速させるエンジンとして機能し得るからです。言わずもがなですが、以下のような効果が期待できると思います。
イノベーションの創出
多様なバックグラウンドを持つ人々が集まることで、新しい発想や視点が生まれやすくなります。こうした多様性は、イノベーションを促進し、ビジネス拡大の原動力となり得ます。特に、不確実性が高く変化の激しいVUCA時代においては、過去の成功法則が通用しないため、企業には既存の手法に依存せず、未来を切り開くための柔軟性や創造力が求められます。イノベーションは、このVUCA時代において持続的な競争優位を築く鍵となるはずです。リスク管理の向上
多様性には、意思決定の質を高める効果もあると思います。同じ価値観や視点だけで議論を進めると、盲点が生まれやすいですが、異なるバックグラウンドを持つメンバーがいることで、製品やサービスの企画段階から幅広い視点でリスクを評価できます。その結果、ローンチ後に発生し得る問題を事前に回避し、製品やサービスの精度を高めることができます。コーポレートブランド力の向上
多様性を重視する企業は、投資家や求職者、顧客といったステークホルダーから支持を得やすいと言われています。その結果、優秀な人材が集まりやすくなると思います。多種多様な優れた人材が集まることで、さらにイノベーションが促進され、リスク管理能力が向上し、ビジネスの成長が加速していく──こうしたポジティブなスパイラルが期待できます。
5. 多様性推進の未来に向けて
上述した「黄金の3割(クリティカル・マス)理論」では、30%という数値が、多様性を組織内で活かすティッピングポイントとされています。僕のようなラグビーファンには馴染み深いと思いますが、日本代表が歴史的快挙を遂げた2015年のラグビーワールドカップでは、メンバー31人中10人(32%)が外国出身選手でした。これは単なる偶然ではないように感じます。
しかし、この転換点に達するまでの過程では、多様性を取り入れることによる「痛み」や「負担」が目立つことがあるのも事実です。
たとえば、日本企業の本社に外国籍社員を登用する場合、本社側は英語でのコミュニケーションを強いられたり、会議資料を英語に翻訳したり、社内表記を英語に変更したりといった対応が求められます。また、多様な価値観や文化を持つ人々が参加することで、意図せずに組織内の「秩序」が揺らぐ場面が生じる可能性もあります。一方で、外国籍社員の立場から見れば、言語や商習慣が異なる環境の中で奮闘しながら、圧倒的なマイノリティとして「疎外感」や「孤独感」と向き合わなければなりません。
このように、マイノリティ比率が30%に達するまでは、多様性施策を推進するモチベーションを維持することが非常に難しいと言えるでしょう。
それでは、どのように進めればよいのでしょうか。一つのアイデアとして、組織全体でマイノリティ比率30%を早期に達成するのは現実的ではないため、部門や課といった小規模な単位で、まずはマイノリティ比率を一気に30%にする試みが効果的だと考えます。小規模な単位で多様性による成果を実証し、その結果(イノベーションが生まれた成功事例など)を社内外に発信することで、他の部署や組織全体における30%達成へのモチベーションを高めることができるはずです。また、その部門や課に対しては、(他の部門や課と全く異なる環境のため)人事制度や労務管理面で「例外」を認める柔軟な措置が必要になるでしょう。
さらに、多様性が高いチームやそのメンバーは、組織全体の中ではマイノリティとして孤立しやすい傾向があります。そのため、継続的なケアが欠かせません。特に、日本本社で働く外国籍社員や、日本本社でグローバル業務に従事する日本人社員には、言語や文化、感情面、業務面でのサポートが不可欠です。
弊社では、そのような文化の間で働く「ブリッジ人材」の支援を行っています。日本本社のグローバル化を進める経営幹部や人事部の方々、ぜひ情報や意見交換(LinkedIn, X)をさせていただければ幸いです。引き続き、日本の世界でのプレゼンス向上に貢献できるよう努めてまいります。どうぞよろしくお願いいたします。