“Global Leader Story“ vol.17 水谷 安孝
Coltテクノロジーサービス アジア太平洋地域 社長
日本で生まれ育ちながらも、グローバルな仕事環境で大活躍するリーダーの軌跡とマインドを発信するグローバルリーダー・ストーリー。
17回目のグローバルリーダーは、英通信サービス大手、Colt Technology Servicesでアジア太平洋地域(APAC)の社長を務める水谷安孝氏。1981年生まれ、英国在住。大手IT企業での勤務を経て2007年Coltテクノロジーサービスの前身であるKVH株式会社に入社。2014年ColtグループによるKVH買収により引き続きColtに在籍。同社のアジア拠点の立ち上げメンバーとしてシンガポールに駐在。2017年12月、Coltの本社である英国に移住。本社のGlobal Director を経て、2019年7月にGlobal CMOに就任。2023年12月より、APACの社長に就任。英Data Economy誌による「世界で最も影響力のあるマーケター50人」に日本人として初めて選出。2023年よりケンブリッジ経営大学院のエグゼクティブMBAコースにおいてゲスト講師としての講演を開始。エディンバラビジネススクール大学院経営学部卒。(2025年1月時点)
日本人でありながらグローバル企業の本社役員として会社の意思決定に携わり、イギリス本社からアジアマーケットを統括している水谷安孝氏。グローバルな舞台で活躍を続けてきた彼のキャリアパスと、組織全体の成功を導くマネージメントスタイルやリーダーシップについて語ってもらった。
初めての海外はバックパッカー旅行だった。高校に入学したものの一度、休学して半年間、アメリカへ。多くの人種が集い、様々な言語の飛び交う環境に飛び込むことで、人生が変わる体験をした。また、UCバークレー(カリフォルニア大学バークレー校)に通う学生との出会いに触発され、イギリスに渡りカレッジに進学した。その後、日本に戻り、株式会社CSK(現:SCSK株式会社)のグループ会社に就職。マイクロソフト社の業務に携わることでITの世界に魅了された。そこで5年間働き、KVH株式会社(現:Coltテクノロジーサービス株式会社)に転職した。KVHという会社は米フィデリティグループが出資している外資系企業だが本社を日本に構えたユニークな会社。決定権が日本にあり、この会社は何か他の外資系のIT会社とは違う、という直感が働いた。
運用エンジニアからプロダクトマネジメントへ
グローバルキャリアへの転換を遂げたシンガポール駐在
KVHでは顧客対応の窓口を担当し、お客様と対峙し電話口でネットワークのトラブルを解決する運用エンジニアとしての仕事に携わった。そこで4年間の経験を積んだ2012年にマーケティング部への誘いを受ける。エンジニアからマーケティングへの職種転換は前例がなかったが「おもしろうそうだから」という単純な理由で、深いことを考えず人生の舵を大きく切った。ところが配属されたら、まわりの同僚はアイビーリーグを始めとする、海外の名だたる大学でMBAを取得したような人たちばかり。日本語、英語という言語のくくりではなく、彼らの話している「言語」が理解できない。そこで仕事しながらエジンバラビジネススクールでMBAを取得することにした。
ある程度マーケティングの仕事ができるようになったところで、プロダクト・マネージャーとして課長職へのオファーを受け、シンガポールで新しいネットワークを立ち上げるプロジェクトのメンバーとなり、2015年にシンガポールに駐在する。これが、ここから続く、海外でのキャリアの出発点になるとは当時、夢にも思わなかった。マーケティングでの知識に加え、長年、運用エンジニアとして働き技術が分かっている点、そしてお客様が具体的にどのようなサービスを求めているかを知っている点が評価された。
広い視点で物事を捉えながら、
ゼロからビジネスを立ち上げる面白さを知る
シンガポールでの職場は刺激的の一言に尽きる。グローバルな視点、経営者の視点、投資家の視点、従業員としての視点など多方向から自分と日本が置かれている立ち位置を俯瞰で見ることができるようになった。シンガポールではビジネスがゼロからのスタートだったのも良い経験だ。KVHがColtに買収されるなど、市場や環境が変化を繰り返す中、パートナーと協力してお客様を発掘。2年たったところで黒字化の道筋をつけることができた。ちょうどそのタイミングで、Coltのアジアのマーケティングを統括する部長となり、日本に帰国し香港、シンガポール、日本のマーケティングを見る。その後約1年の間に営業のパフォーマンスが大きく伸びた。その実績はイギリス本社の目に留まり、2017年12月に本社でのフィールド・マーケティングの部長職のオファーを受ける。大きな変化に対峙した際には、いつも怖さや期待からくる「ドキドキするか」という気持ちに従って決断をしてきた。しかし、今回は日本から遠く離れ、時差もあるイギリスで長く暮らすことになる。自分の仕事に合わせて異国の地で暮らすことになる家族のことも優先的に考えなければならない。しかし、最後は家族の後押しがあり、渡英した。
イギリスの本社で働き方が大きく変わる
「自分が頑張る」から「チームで頑張る」へ
今でも同じ状況ではあるが、着任当時も本社に日本人は自分のみ。ビジネスもマーケットもお客様も社内の人も誰ひとり知らない状況の中で、部長として仕事を取り仕切るのは正直難しい部分もあった。日本で働いていた時には、アジアのビジネスはある程度わかっていたので、難易度の高い仕事も自分でカバーして、自身の力技で収めることができた。しかしイギリスに来てからは、ビジネスの範囲が広くなり自分がすべてに対応することはもはや不可能。マネージメントのスタイルを大きく変えざるを得なかった。「自分でやってみせる」というスタイルから「自分1人ではできないから、チームメンバーに活躍してもらう」へ。大きいことを成し遂げようと思うとチームメンバーに頑張ってもらうことが必須だ。このスタイルは痛い思いをして学んだ気がする。
また、入社すると同時にイギリスの本社が踏襲してきたマーケティングのやり方を変えていった。それまでブランディング、広告宣伝、イベントマネージメントがマーケティング部の主な仕事だったが、お客様やサービスの分析をし、売上げに貢献するスタイルにシフト。エンジニアとして若い時に培ったお客様対応での経験を活かし、現場の声を吸い上げ、マーケティング活動に反映させる。こういった日々の努力が営業部門に支持され、このスタイルが軌道に乗る。自然と営業部のリーダーたちから「困ったらマーケティングに相談してみよう」という声が聞こえるようになってきた。その声は経営層でも認知され、営業部からの推薦を受け2019年7月にColt社のグローバルCMO(Chief Marketing Officer)のポジションに就任した。
CMOになって確立した
「サーバント型リーダーシップ」
CMOになって一番辛かったのは、チームの中で自分の能力が一番低くなってしまったこと。今まで自分が強みとしていたものが役に立たない。部下を元気づける英語力もない。自分の能力のなさを痛感した。なかなか、自分が実力を発揮できず、貢献できない苦しみの中でもがきながらも、どうしたら自分よりはるかに優秀だと思われる部下たちが働きやすい環境を整えられるかという発想を軸に据えるようになってきた。彼らが必要としているものは何か? そのために自分には何ができるのか? どうやってサポートするのか? をとことん考えた。その時は特に意識していなかったが「サーバント型のリーダーシップ」を強制的に生み出す環境だったと後から気がついた。これが今に続く自分のリーダーシップスタイルの原点となっている。
サーバント型のリーダーシップを発揮するためには、2つ重要なポイントがある。
1つ目は部下の話を聞くこと。部下が話しやすい環境を整え、彼らの意見に耳を傾けることを最重要視している。そのための具体策として有効なのはアクティブ・リスニングと良い質問を投げかけること。こちらが良質な質問を投げれば投げるほど、優秀な部下たちは素晴らしいアイデアや考え方を共有してくれる。部下は皆、外国人なので、コミュニケーションは英語となるが、求められているのはシンプルな質問。なので、ここに高度な英語力は必要ない。2020年頃からAIを使ったマーケティングを社内に導入して成果を収めたことが評価され、英Data Economy誌による「世界で最も影響力のあるマーケター50人」に選出されたが、それも分析部門長のアイデアを膨らませ、予算や人員を投資したことに起因している。
2つ目は少なくともリーダーである自分が一定のビジョンを示すこと。皆からの情報を吸収し、世の中の動きをしっかりと把握した上で、チームとしての戦略と道筋を示す。説得力のあるストーリーテリングを行うことで部下は目標をより明解に定めることができる。セールスキックオフなどの舞台では、1000人規模の社員を前にスピーチをすることを求められることもあり、グローバルな会社ではスピーチのプロと協力してストーリーを作り、何度も練習を重ねて自分のものにするプロセスがあるなど、リーダーシップの育て方の枠組みに舌を巻いた。またコーチングを受けることで、新たな気づきや発見を得ると同時に、自身の頭の中にある偏見や固定概念を排除することができることなども定期的に行われている。こうしたグローバルのやり方を踏襲し、様々な国から集まっているグローバルな社員全員が分かりやすい道筋(ストーリー)を示すようにしている。
APAC統括責任者としての挑戦
グローバルな視点から地域市場への貢献
2023年10月にAPAC(アジア太平洋地域)の社長に就任した。APACは日本、中国、香港、シンガポール、オーストラリアを含む多様な市場をカバーしている。このポジションを引き受けるかどうかについては少なからず迷いがあった。それまでの4年半はグローバル規模での業務に従事しており、アジアという特定の地域にフォーカスすることがキャリアにとって最適であるのかどうか悩んだからである。
しかし、見方を変えれば、APACの社長として、マーケティングを超えた多岐にわたる部門の統括を通じてビジネスの全体像を理解するチャンスである。人事や法務などのバックオフィスとも連携して、全社的な目標をアジア全体で策定し実行する。
新たな役割を引き受ける中で、イギリス本社を拠点にアジア事業を統括する難しさにも直面したことも事実。とはいえ、コロナ禍により働き方やマーケットが大きく変わったことや、仮に日本にいたとしても、APACがカバーするシンガポール、香港、中国などの各国スタッフと頻繁に直接会うことは現実的ではないことからも、イギリス本社にいることの強みを最大限に活かすべきであると考えを改めた。
その強みとは、午前中にアジア各国から寄せられる要望を吸い上げ、それをイギリス時間の午後に自分が皆の橋渡し役として、本社に掛け合える点。お金、人、投資などの本社役員や経営陣からしか取り付けられない重要案件に関して、アジアで働くメンバーに代わって交渉する。本社の役員たちと協力、グローバルな視点で最適解を導き出すのが自分の役目。彼らの要求にスピーディーに応えられれば、メンバーのやる気にもつながる。これもまた、リーダーが社員に奉仕する形でマネージメントを行う「サーバント型リーダーシップ」の典型であるが、社員一人ひとりの声を真摯に受け止め、行動に移すことで、組織全体に信頼と一体感を生み出すことができることにやりがいを感じている。加えて、それがAPAC全体をより強く、競争力のある組織へと成長させる鍵であると思う。
社会貢献活動を通じて、
自身のキャリアパスの経験を共有したい
グローバル企業のリーダーポジションにいる人の多くが、仕事を超えて様々な活動に携わっているのを見ている。テクノロジー、人材育成、金融など人によって具体的な得意分野は違うものの、全員が純粋に「社会に貢献したい」という気持ちを持ち、忙しい時間の合間を縫ってそういった活動に従事していることに感銘を受けてきた。自分もこれまでの経験を世の中に還元できたらと考え、ケンブリッジ大学やロンドン日本人学校での講演、経済同友会への参加などで社会活動に携わっている。外資系企業の本社で経営に携わる者として、日本で生まれ育った日本人であってもグローバル企業の中でキャリアパスを描けることを若い人たちに伝えられたら嬉しい。
【文】黒田順子(2025年1月執筆)
Aun Communication のコメント:
外資系企業の本社の仕組みや働き方を直接知る、数少ない日本人の一人である水谷氏。グローバル企業では、シニアマネジメント層がスピーチのプロやコーチを積極的に活用している点が注目に値する。こうした取り組みは、リーダーシップの質を高める上で不可欠な要素と言えるだろう。また、水谷氏がAPAC社長として英国本社で実践している、「現地と密なコミュニケーションを取り、要望を吸い上げ、本社と交渉し、迅速に現地へ対応を返す」スタイルは、非常に実用的で示唆に富んでいる。この手法は、特に最近増えている「日本本社にいながら海外地域を統括・担当する」日本企業の従業員にとっても有益なヒントとなるはずだ。
【その他のグローバルリーダー・ストーリー】
Vol.1 岡部恭英(UEFAチャンピオンズリーグで働く初のアジア人)
Vol.2 岡田兵吾(Microsoft Singapore アジア太平洋地区本部長)
Vol.3 外山晋吾(国境を超えるM&A後の統合プロセス(PMI)のプロ)
Vol.4 萱場玄(シンガポールの会計事務所 CPAコンシェルジュ 代表)
Vol.5 内藤兼二(アジア11拠点で人材サービスを展開する「リーラコーエン」グループ代表)
Vol.6 小西謙作(元キヤノン 東南アジア/南アジア地域統括会社 社長)
Vol.7 玉木直季(「人が喜ぶ人になる」英国王立国際問題研究所(Chatham House)研究員)
Vol.8 小野真吾(三井化学株式会社グローバル人材部 部長)
Vol.9 廣綱晶子(欧州留学/欧州MBA/就職・キャリア支援のビジネスパラダイム代表・創立者)
Vol.10 間下直晃(株式会社ブイキューブ 代表取締役会長 グループCEO)
Vol.11 永井啓太(ビームサントリー エマージング アジア ファイナンス&戦略統括)
Vol.12 河崎一生(Japan Private Clinic院長、CareReach, Inc. Founder & CEO)
Vol.13 上澤貴生(DMM英会話創業者、元CEO)
Vol.14 南章行(株式会社ココナラ創業者、取締役会長)前編
Vol.14 南章行(株式会社ココナラ創業者、取締役会長)後編
Vol.15 原田均(シリコンバレー発のスタートアップ Alpaca DB, Inc. 共同創業者兼CPO)
Vol.16 岩崎 博寿(オックスフォード在住の起業家・Infinity Technology Holdings 社長)
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(お知らせ)
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