“Global Leader Story“ vol.3 外山晋吾

国境を超えるM&A後の統合プロセス(PMI)のプロ

 日本で生まれ育ちながらも、グローバルな仕事環境で大活躍するリーダーの軌跡とマインドを発信する「グローバルリーダー・ストーリー」。

 3回目のグローバルリーダーは、BeNEXT UK Holdings でエグゼクティブ・チェアマンを務める外山晋吾氏。京都大学卒業後、公認会計士として日本とアメリカの会計事務所で勤務。その後、事業サイドにキャリアを変え、家電量販店チェーン「エディオン」で買収と事業統合を矢面に立って推進。リクルートホールディングスに転職後は、香港駐在中に中国とインドの企業を買収し、アジア10カ国に事業拠点を広げる。更に、シンガポールの「オートバックス」での勤務を経て、2018年から現職。約400人のイギリス人のマネジメントに従事

 経営を見れるビジネスマンとして、国境を超えて働きたいという夢に向かって、一歩一歩、地道に走り続けて27年。グローバルな環境で経営を見てきた外山氏の経験を踏まえ、海外で働く時に身につけたいことを語ってもらった。

人生の選択肢を広げたい。そう思いながら生きてきた。

 父親は兵庫県警勤務だったので、ずっと姫路で育ち、兵庫県以外の世界は高校を卒業するまでよくわからなかった。そんな自分の視野が初めて広がったのは京都大学薬学部に入学した18歳。科学と物理が好きだったけれど、医学部に行くほどの頭はない。ならば薬学部くらいがちょうどよいかな、そんなふうに「なんとなく」決めた進路だった。入学して1年経った時、はたと気がついたのは6年間勉強した先の人生が見えてしまっていること。大学に残って研究者となるか、教授の命令に従って製薬会社に就職するか、その2択しか自分には残されていないのだ。自分の人生を狭い選択肢で決めたくない、と思った。友達に反対されつつも、将来に多くの選択肢を取ることができる経済学部に転部。今思えば、自分の道は自分で決めるという意志はこの辺りから強くなっていったのだと思う。

 

憧れは海外で活躍するビジネスマン
最初の一歩は会計士から
【Step1 : 会計士 × 日本】

 経済学を学ぶ中で、公務員だった父とは違う道を歩んでみたい、そんな気持ちが沸々と湧き上がり、これまた「なんとなく」マネジメントに携われるビジネスマンになりたいと思うようになった。学生時代の知識などたかが知れたものだが、であるならば経営者や起業家と接点を持たなければならないと逆算し、閃いたのが公認会計士という仕事。大学のネットワークを使えば商社や銀行に就職できたが、就職活動はせずに会計士の資格を取りに行き、有限責任監査法人トーマツに入社した。

 ところが、会計士の仕事が全然おもしろくない。何度も辞めたい衝動に駆られたが、3年の実務がないと会計士として独り立ちができないので「石の上にも3年」を肝に銘じ、覚悟を決めて働いた。3年を過ぎたあたりから、会計士としての実力と共に、手に職をつけた実感を得られるようになってきた。そのあたりから新聞や雑誌に掲載されるアメリカの経営大学院を卒業した若きビジネスリーダーたちのインタビュー記事が目に留まるようになる。自分もグローバルで活躍するビジネスマンになりたい。何かが「ピタリ」とハマった感じがした。ここで初めて、目が海外に向くことになる。

  

【Step2: 会計士 × 海外】

 それまでの人生で努力もいっぱいしてきたし、努力に見合うだけの結果も出してきた。そして自分には「これ」と思ったらやり続けられるグリッド力もある。1年間、海外で勉強をしたら英語が話せるようになり、むこうで就職もできるのではないか、という謎の自信が湧いてきた。今こそ、海外に出る時だと決断。会社を潔く辞め、より割安に滞在できるカナダに行き、日本人が半分ほど在籍するよくある語学学校に1年間身を置く。この1年は人生で最も満ち足りた時間だったように思う。語学を習得するには赤ちゃんと同じ成長を辿れば良いというが、文字通りどっぷりと英語に漬かる日々。日本人が日本語で話しかけてきても、英語で答えるという徹底ぶりを貫いた。振り返れば嫌なやつだったと思うけれど、それくらい必死だったのだ。外国人の友達と山に登る、一緒にダンスする、拙い英語で日本文化を紹介する、何もかもが楽しかった。無意識で物事をインプットすると習得が早い、というのは最近知ったコーチングの知識だが、この期間は物凄いスピードで英語をモノにした気がする。留学から1年後に臨んだ就職面接では「1年間でこんなに喋れるようになるの?」とアメリカ人に驚かれるほど。アメリカでの学歴がない日本人の自分には日本企業相手のポジションしかない——そう冷静に判断し、ロサンゼルスにあるアメリカの会計事務所、デロイトで会計士の職を得た。

 英語を浴びるように学んだカナダでの1年間ではあったが、ビジネスの世界で話し英語だけでは通用しない。読む&書く英語を徹底的に鍛えたのはこのデロイトでの3年間。毎日、夜中の2時3時まで働き、足りない英語力を懸命に補った。アメリカで働き始めて3年目、デロイトのような激しい競争社会でも生き残ることができている自分自身に自信が持てるようになり、それが会計士卒業を後押し。事業家にキャリアチェンジする素地が整った。


【Step3: 事業家 × 日本】

 階段を一気に2段跳びできるような器用さがあればよかったのだが、残念ながらそれは持ち合わせていない。決めた自分の目標を達成するよう、堅実に段階を踏んでいくのが自分のスタイル。いきなり海外でビジネスのキャリアをスタートするには無理があると考え、まず日本に帰国し、エディオンという家電量販店チェーンに就職する。当時、エイデンとデオデオという2つの会社が経営統合されたばかりで、中立の立場で物事を判断できる人材が必要とされていた。いずれは事業と経営を見るポジションに就きたいという希望を持ちながら、まずは会計と親和性のある経理からスタート。間もなく経営企画にポジションを得、2社の統合作業(PMI)を進めていく。エディオンで働いた7年間に5社を買収し、会社の売上は2000億円から8000億円まで成長。社長の右腕として働く中、社長から経営観と現場から学ぶことの大切さを叩き込んでもらった。30歳前半で一部上場企業の取締役を務めた経歴から、さぞやエディオンでの毎日が最高にハッピーだったのでは、と思われるが、自分の中ではエディオン時代が100%輝いていたという実感はない。会社の統合は自由を奪うこと。人を斬らざるを得ない局面も度々あり、難しい判断の連続で、悩むことも多かった。次から次へと5社を買収したものだから、同じことを繰り返している感覚に陥る苦悩もあった。2008年、入社時から切れ間なく続いていたM&Aが途切れた1年間に、次のステップに進みたいという葛藤を抑えられなくなった。


【Step4; 事業家 × 海外】

 2009年、主軸は事業家のままに、舞台を海外に移す決意をする。リクルート社が買収する予定だった海外企業でCFOの職をオファーされた。当時、リクルート社には海外で仕事ができる人が少なく、自分に白羽の矢が立ったのだが、ここで大きく出鼻をくじかれることとなる。内定をもらった直後にリーマンショック。入社したものの、任されるはずのプロジェクトが消えていたのだ。そこから1年間、転職したものの何もやることがなく、他のプロジェクトのサポートをするだけの生活。コピー取りもする、来る日も来る日も雑用ばかり。この時ばかりは正直、かなり落ち込んだ。再転職も脳裏をよぎったが、前職を辞める時にエディオンの社長が自分に贈ってくれた言葉が頭をかすめた。「修行に出すつもりで送り出す。成長していつでも戻ってこい」。自分を引き止めることなく、心よく送り出してくれた社長を思うと、彼の気持ちは絶対に裏切れない。自分の力ではコントロールのできない状況なのだから、ここは耐えるのみ。「石の上にも3年」――真面目に働いていれば、誰かが見ていてくれるだろう。その時に確信はなかったが、今振り返ればリクルート社に留まる、という判断は正しかったようで、自分を不憫に思った専務や当時の海外人材事業のトップの方が、アジアのポストを薦めてくれた。一つ返事でYESと答え、香港に旅立った。

グローバルで働きながら
気がついた3つのこと

 2010年に香港からスタートしたアジアでの人材紹介事業では、7年間で10カ国30都市まで拠点を広げた。その間に3つのM&Aも経験。ハーバード大学出身の凄腕の女性がオーナーの香港企業や、たたき上げで起業し地場のエグゼクティブ層とネットワークを持つ、個性的なオーナーが率いるインド会社を買収し、アジアに拠点を増やした。リクルート社の社内組織が変わったことを受け、2016年に次なるステージを目指し退職、シンガポールでの職を経て2018年より日本の人材派遣業ビーネックスの英国子会社3社の中間持ち株会社でエグゼクティブ・チェアマンとして経営に携わっている。キャリア27年の半分が北米、アジア、欧州にまたがる海外領域。その中で学んだこと、そして反省も含めた気づきをここでシェアしたい。

  

①   ローカルが働きやすい環境を整える。
 
グローバルに展開する企業では、ローカルスタッフが実力を発揮できる場をいかに整えるかが成功の秘訣である。特に自分が携わった人材紹介のようなサービス業の場合、サービスを提供した後のフォローアップも重要となる。そのような業界では、外国人である自分よりもローカルのことをよく知っているローカルスタッフのほうが、その土地にふさわしいサービスを提供し、会社の成長に貢献することができる。だからこそ彼ら彼女らが働きやすく、ベストを尽くせる環境を徹底的にサポートすることが必要で、それが日本人マネジメントに課せられた仕事だと認識すると良い。そのために求められるのは、日本にある本社の意向と海外拠点のマネジメントの責を負う自分の方針をしっかりとすり合わせること。香港時代には、ローカルスタッフと親しい人間関係を築きあげ、共に働き、信頼を得ることには成功していたが、一歩引いてみると、経営者としてどうやったら彼ら彼女らの力を最大限に引き出せるか、そして次のレベルに導くことができるか、というところまで踏み込めていなかったという反省がある。

②   オープンに話すことを恐れない
 
ビジネスをどう成長させるか、という会社の戦略に関わるシリアスな局面では、いかに自分の言葉で本音を伝えるのかが大事。交渉の途中の衝突も、文化の衝突にせず、戦略の衝突にすること。時に自分の意見をダイレクトに伝える必要があるのだが、人間関係がこじれないように、「直接的な表現になっちゃうけど、ごめんね」「英語で言うとニュアンスが強くなるけど、言うね」などと丁寧に前置きをつけると良い。

③   議題は持ち帰らない。できる限り、その場で決断する
 
海外では会議や交渉、打ち合わせ中の議題を「持ち帰る」という文化がない。例えば企業買収の場合、先方が50億円提示し、こちらが20億円を提示したとする。こういう時も「25億円以上の提示だったら引き下がる」といった明解な意思決定の基準を持った上で臨まないと、そこで話すことの意味がない。会社を背負っているのだからこそ、決断をする局面で「本社が……」「上司が……」と言って、その場にいない人に決断を委ねるのでは本物の信頼関係など築けないのだ。

 そうした事態を避けるためには、交渉事に臨む前にどこまでの意思決定をするのかを明快にし、万全な準備をすること。会社の方針を確認し、上司への根回しをするといった社内の調整には骨が折れることも多いが、それを上手にハンドリングすることがグローバルで働く人材には求められる。何も最終決断をするのではない。自分は何がしたいのか、この相手とであれば何ができるのか、どういう事業にしたいのかをハッキリと伝えるだけで十分。文化が違う相手との交渉時、決断を曖昧にしていては不信感を募らせるだけということを知ってほしい。

海外で働く苦労を遥かに超えた楽しさを
共に分かち合いたい

 今はエグゼクティブ・チェアマンとして事業会社にいる約300人の社員をリードしているが、CEOは地元のことをよく知っているローカルスタッフに任せており、自分がいなくても回る仕組みを少しずつ整えている。

 少し余裕が出てきたので、これまでの経験に、新たに学んだコーチング術を加え、個人事業として、グローバルで成長したい経営者や企業の変革をサポートするコーチング兼アドバイザリーサービスを展開したいと考えている。グローバルでのビジネスは異文化ならではのストレスもあるし、責任も広くなるし、家族や子どもへの負担も大きくなるので、日本で働くのと比べて3倍大変と言っても過言ではない。それは海外生活に慣れているはずの自分でも同じこと。しかし、その苦労を理解した上でグローバルなビジネスに挑戦することにより、自分の成長を感じることができれば、楽しさは3倍以上になるのも事実。グローバルで頑張る人たちの良き伴走者となり、共にこの楽しさを3倍どころか、5倍にも10倍に広げたい。それが自分に課した次なる挑戦だ。国境を超えた新しい場所や、そこで出会う新たな仲間から得る刺激は、自分にとっても成長に直結するので、すごい楽しい未来になりそうでワクワクしている。

  【文】黒田順子

Aun Communication のコメント:

 「ローカルスタッフがベストを尽くせる環境を整える」、これは業界問わず、海外駐在員に与えられた大きな役割の一つ。そのためにはローカルスタッフの立場に立って物事を考えることができるかが大事で、ローカルスタッフを知ることがその第一歩だろう。

 また、私自身も、外山氏が言うような「海外駐在員がローカルスタッフやローカル企業と会議・交渉する際、その場で意思決定できない」ケースを多く見てきた。そのような場合も、自分ができることを明確にして、アクションプランを提示することで、会議や交渉相手との期待値のズレを調整することが非常に重要だと思う。



【その他のグローバルリーダー・ストーリー】
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Vol.2 岡田兵吾(Microsoft Singapore アジア太平洋地区本部長)
Vol.4 萱場玄(シンガポールの会計事務所 CPAコンシェルジュ 代表)
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Vol.7 玉木直季(「人が喜ぶ人になる」英国王立国際問題研究所(Chatham House)研究員)
Vol.8 小野真吾(三井化学株式会社グローバル人材部 部長)
Vol.9 廣綱晶子(欧州留学/欧州MBA/就職・キャリア支援のビジネスパラダイム代表・創立者)
Vol.10 間下直晃(株式会社ブイキューブ 代表取締役会長 グループCEO)
Vol.11 永井啓太(ビームサントリー エマージング アジア ファイナンス&戦略統括)
Vol.12 河崎一生(Japan Private Clinic院長、CareReach, Inc. Founder & CEO)
Vol.13 上澤貴生(DMM英会話創業者、元CEO)
Vol.14 南章行(株式会社ココナラ創業者、取締役会長)前編
Vol.14 南章行(株式会社ココナラ創業者、取締役会長)後編
Vol.15 原田均(シリコンバレー発のスタートアップ Alpaca DB, Inc. 共同創業者兼CPO)
Vol.16 岩崎博寿(オックスフォード在住の起業家・Infinity Technology Holdings 創業社長)

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